1905年、石川県に生まれた寺島貞志(てらしま ていし)は、21歳でグループ「造型」に参加。その後、パリとモスクワで絵を学び、社会主義リアリズムの画家として活動します。25歳のときに描いた女子青年共産同盟員を意味する《コムソモルカ》は、健康的な労働者の若い娘を生き生きと描き、日本プロレタリア美術が生んだ秀作とされています。戦後、寺島は、妻の実家があった花巻市に移り住み、1983年77歳で亡くなるまで、岩手花巻周辺の農村風景や風物を描き続けました。
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